バラナシを訪れたのは30数年ぶりだった。ガンジス川の流れをなぜか、見たくなった。そう思い立ってから1カ月。休暇を取り、インドのビザを取得し、航空券やホテルを手配した。デリーから国内線LCCに乗り継ぎ、空港でタクシーをひろい、ひとり、大河のほとりに立った。

 

学生時代の旅で、バラナシの光景が胸に突き刺さった。すし詰めの2等客車で降り立った駅も、人があふれていた。人力車の引き手たちが客を求めて大きな声を上げた。物乞いの子どもや老人がどこまでもついてきた。はっきりそれと分かる病人も大勢いた。

 

夜明け前のまちは、沐浴に向かうインド人でいっぱいだった。川沿いのガートでは、全土からやってきた聖地巡礼のヒンズー教徒たちが濁った水につかり、何かをささやいていた。老いを迎え、全財産を捨て、家族のもとを離れ、修行の旅を続ける老人の姿もあった。沐浴場の横では野天で火葬が営まれていた。

 

当時は「混沌の世界へ」「精神世界の旅」といったキャッチフレーズに多くの若者が引かれた。「自分もインドで考えよう」と流行の旅に出た。その刺激が忘れられず何度も訪れた。インドへの旅が、記者という仕事を目指すきっかけになったのかもしれない。

 

それから30数年。間もなく記者生活も終わる。仕事や家庭で累積した罪や汚れを流したくなったのか。バラナシに導かれたようでもある。「記者の仕事は楽しかったよ、ありがとう」。ガンジスにお礼をした。

 

ついでと言ってはなんだが、贖罪もしようとした。だが、罪や汚れは1回でつぐなえないほどたまっているようだ。「きみの量では流しきれない。また来なさい」。ガンジスがそう言ったような気がした。