「秘境駅」を愛する人がいる。だいたいは過疎が進んだ地域にある。寂れたたたずまいのその駅に、簡単にはたどり着けない。にぎわいの対極にあるものに、多くの人が引かれている。

 

鉄道ファンの牛山隆信さんが名付けた。全国を探し歩き、「秘境駅へ行こう!」(小学館文庫)を著した。かつて繁栄した土地から人の営みが消えて、そうした駅が生まれる。人口減少が止まらない地方の姿を象徴してもいる。

 

静岡県を走る大井川鉄道井川線の尾盛(おもり)駅を訪れたことがある。山や森に囲まれた無人駅だ。廃墟となった住宅跡はあるものの、人の住む家はない。枯れ葉が地面を転がる音が響くほどの静けさ。まさに秘境駅である。

 

ダム建設のための宿舎があり駅ができた。ダムの完成で宿舎は必要なくなったが、駅はなぜかそのまま残された。そこに暮らす鉄道の利用者はいない。降り立つのは「秘境を求める変わり者」だけだ。

 

その日、駅で一人きりになった。数時間がたち、日は傾き、山から冷たい風が吹いてきた。「クマに注意」の看板が気になった。動物たちが息を潜めて、こちらの様子をうかがっているようだった。

 

騒々しい都会を離れて、山に一人身を置く快感は、徐々に恐怖感に変わった。夜が迫り、人のぬくもりが恋しくなったころ、トンネルからディーゼル機関車に引かれた列車が姿を現した。ほっとした。

 

なぜ秘境駅を訪れるのだろう。自然へのあこがれならば、素直に山や海へ行けばいい。かつてにぎわった土地が、やがて滅び行く哀感に引かれるからか。繁栄に向かって走り続けることに疲れてしまったのか。

 

どんなに寂れてもレールで人とつながっている秘境駅。また訪れてみよう。