マッコウクジラを間近で見たのは初めてだった。体長10数㍍の黒い巨体の上部を海面に出し悠々と進む。まるで潜水艦だ。息継ぎのため時折、シューっと潮を噴き上げる。巨大ほ乳類の野生の息づかいが伝わる。

 

8月の北海道知床半島。漁業のまち羅臼からホエール・ウォッチングの観光船に乗り沖合に出た。知床と対岸・国後島の間の根室海峡に出没する。数千㍍の深海につながる海域だという。ロシアの警備艇が控える国後島にこんなにも接近できるのかと驚いた。

 

マッコウクジラが浮上している時間は10分にも満たない。遠方に姿を見つけると船は全速力で近づく。ネイチャーガイドによると、尾を上げ深く潜つてしまえば45分は浮上してこない。遭遇のわずかなチャンスを狙うのだという。

 

学校給食でクジラになじんだ世代であり、いまだ好物である。学生時代、クジラ食を批判していた国際的な環境保護団体グリーンピースのメンバーと居酒屋で議論した。いけない理由が不可解だと、目の前で竜田揚げを食べ、抗議の気持ちを伝えたこともある。

 

釧路や羅臼を含む道東でもクジラ食が普及していたと、地元の高齢者は振り返る。時がたち、羅臼の漁師たちにとってクジラは、食用資源から観光資源へと変貌したのだろうか。

 

知床は世界有数の野生動物の観察地である。20年近く前、知床五湖でヒグマに会った経験がある。距離は10㍍弱。下草の向こうに突然、顔を出した。恐怖で凍り付き動けなくなった。数秒見つめ合った後、向こうが去って行った。

 

前夜、ウトロの居酒屋で「クマ肉」メニューを食べていた。仲間のにおいを察知し寄ってきたのか。あの恐怖は薄れることはない。それでも、ほ乳類を食したい、と懲りないのである。

 

写真 : 深く潜るため尾を上げるマッコウクジラ(2017年8月19日、知床半島の羅臼沖にて)