インドの鉄道はおもちゃ箱のようだ。そう誰かが書いていた。すてきな表現にそそのかされて乗ってみると、そこは忍耐力を試される道場のようだった。

 

随分と前の、最も安い二等での経験である。エアコンはなく、座席は公園のベンチのように固い。酷暑の中、ぎゅうぎゅう詰めの車内で、じっと耐えるしかない。窓にはなぜか鉄格子があり、牢獄のように逃げ出すことができない。

 

荷物棚に人が寝ているのは普通のこと。混雑のせいだろう、列車の屋根の上まで人があふれていた。ローカル線ではヤギも乗ってくる。運賃表には、ヤギの記述はないので無賃乗車に違いない。

 

この状況を、おもちゃ箱と思えるか、阿鼻叫喚の地獄絵と感じ取るかが、インドを好きになるか、拒絶するかの分かれ目だろう。人は大抵のことには慣れてしまうものだ。

 

超満員の長距離列車で水を切らした。渇きに耐えていた。ボックス席の正面の質素な白いサリー姿のおばあさんが、こちらをちらちらと見るのに気が付いた。東アジアの黄色人種が珍しいのだろうと思っていた。

 

おばあさんは、水筒から素焼きの器にチャイを注ぐと、わたしに差し出した。戸惑ったが、渇きを我慢できず受け取り、飲み干した。極甘のチャイが身体に染み、元気が戻った。笑顔でお礼をした。

 

それがきっかけになり、周囲の乗客たちと、少しだけの英語とヒンディー語での会話が始まった。インド人の人なつっこさに、頑なに閉じていた心が開かれていくようだった。

 

寝具や鍋釜の大荷物を抱えた家族連れ、ガンディーのように痩せた老人、きれいなサリーのおねえさん。車窓には赤い大地がどこまでも続いていた。おもちゃ箱のようだ、と思った。