2月 2016

新聞社と通信社って、どんな関係なんだろう

新聞社と通信社。

ニュースを買う側とニュースを売る側。

それ以外のことはあまり知られていない。

 

20年以上のキャリアをもつ新聞記者のA氏は、新聞社と通信社(仮にG社としておく)のことをこう話す。

「1年契約で毎年更新します。政治、経済、国際、社会、スポーツなどの一般ニュースが、通信社から新聞社に配信されてくる。文化面に使うような旅の企画などはオプション契約なので別途、費用が発生します」。

 

契約料金はどうなっているのか興味が沸く。

「契約料金は、新聞社の新聞の発行部数と新聞1部の価格をベースに、G社が算出します。

部数が多いほど契約料は高くなる仕組みです」と、A氏は説明する。

 

ニュースは専用回線を通じて送られてくる。朝に配信が始まり、深夜の1時から2時くらいまで提供される。相当の数にのぼるが、A氏が籍を置く新聞社では半分も使わないという。地方紙なので、地元の記事は自社の記者が書いたものが当然、掲載される。通信社からのニュースで主に利用するのは国政、国際など、地方紙ではカバーできないもが中心となる。1年間で相当の額の契約料を通信社に支払っている。半分しか使わないのは経費の無駄ではないか。

一般企業では考えられない気がする。紙面の量に限りがある一方で、一定の分量がパッケージで配信されるので、やむを得ない面もあるようだ。ニュースを厳選する手腕が問われる。

 

送られてくるニュースはトップクラスのものと、それ以外の2種類。

「トップクラスのものは『一押し』を意味します。新聞の一面あるいは、社会面のトップにもってくるような大きな記事です。地方には、通信社の記事で多くの紙面を作っている新聞社もあるほどです」。

通信社の存在の大きさがわかる。

 

新聞とくに地方紙にとって重要な通信社だが、人的な接点はあるのだろうか。

「通信社の各編集部門の部門長と、地方紙の部門長による定例の会議があります。政治部や社会部など、部門別に集まり、情報交換をしています」。

 

どんなやりとりがなされているのか。

「日々の編集現場に関する仕事の話が中心です」。

社会部であれば、このような事件があり、匿名か実名のどちらを掲載すべきか、他社はどう対応したかなど、といったものだ。

 

こういった会議の中で、注目すべき会議があるという。整理部長が集まる会議だそうだ。全国の新聞社の整理部長が一堂に会するもので、G社側は新聞社にニュースを配信する部門長はもちろん、編集局長をはじめ、政治部、経済部など各部門の長が出席する。新聞社の整理部は、G社のニュースの受け入れ窓口となり、送られてきたニュースの採用を決定する。この整理部長が集まる会議はかなりシビアなやりとりがあるという。

A氏曰く「人間社会のありとあらゆる苦情が噴出する。少しでも良い新聞をつくりたいという熱意の故だが」。

 

どんな言葉が発せられるのか。

こんな感じである。

 

「記事が遅い」

「記事がつまらない」

「訂正をだしすぎる」

「写真がない」

「この記事はC社の配信記事のほうがよかった」

「御社の記事は何を言いたいのか、わからなかった」

「A新聞の記事は適確だった」

「このスポーツの写真はまったく迫力がなかった。位置取りが最悪である」

 

ときに、重箱の隅をつつくような些細なことまで指摘されるそうだ。

この整理部長の会議に集まる会に出席したG社の幹部が、ある席でA氏にこぼしたそうだ。

 

「あの会議だけはつらい。竹槍でこずかれているようで、落ち込んでしまう」。

 

新聞社も通信社もジャーナリズムの第一線という印象があるやもしれないが、なんともいえない生々しい世界があるものだ。

 

「新聞社とくに地方紙は通信社を頼りにしています。確かに厳しい言葉もあるが、頑張ってほしいという激励でもあるんです」とはA氏の弁である。

1月 2016

地方紙は生き残れるのか

「新聞社は斜陽産業だ。地方紙はいつ潰れてもおかしくない」。

 

地方紙で論説委員を務めたU氏は、新聞そして地方紙の現状をこう指摘する。

 

さらに続ける。

「調子のいい新聞はない。全国紙も含め、すべての新聞が発行部数を減らしている。部数が減るということは読者が減る。読者が減れば販売収入も広告収入も減る。その結果、財務状況が悪化し、合理化のために社員を減らす。編集の現場で何が起きているかというと、一人当たりの仕事量が増えている」。

 

斜陽産業化の要因は何か。

 

「やはりネット。情報が無料で手に入り、お金を払ってニュースを手に入れるという習慣がなくなった。これが大きい」と、U氏は嘆く。

 

ここにもネットによる既存の活字メディア離れが浮かび上がってくる。

 

昔は、新聞というと全国紙か地方紙、ということだった。いまは、新聞をとるかとらないかの選択に変わったそうだ。

 

U氏が社の販売担当者から聞いたところによると、新築マンションができても、半分近くは新聞を購読せず、若くなるほど新聞をとらない傾向にあるという。

 

日本新聞協会によると、全国の2010年の一般紙の発行部数は約4490万、2015年は約4069万で、この5年間で400万部以上も減少している。確かに、通勤電車で新聞を読む光景をめっきりみかけなくなった。目にするのは、必死にスマートフォンとにらめっこしている、縮こまった姿ばかりである。

 

新聞社の経営層はこの厳しい現状を、どう見ているのか。

 

「もちろん、生き残りを考えてはいるが“これ”といった策はないのが本音だ。電子新聞にも進出しているがいまだ、採算ベースに乗っていない。主催のイベントも手がけてはいるが、利益は非常に少ない」と、U氏は自社の状況を説明する。

 

新聞社のなかには、不動産事業の収益で、新聞事業のマイナスを補填しているところもあるという。

 

新聞社に生き残る道はあるのか。とりわけ地方紙の多くは厳しいという。

 

「若い人は自分の興味ある情報しかとらないので、いま、世の中で何が起っているのかがわからなくなってしまう。そうすると、何を考えなくてはいけないのかも、わからなくなる。それを伝えるのが新聞の役割ではないか。そういう意味で新聞は必要なメディアである、ということをわかってもらわないといけない。それをどう知らせていくかが鍵になると思う」と、U氏は地方紙の在り方を語っている。

 

新聞だけではない。テレビ、ラジオ、雑誌など、既存メディアはインターネットの誕生で大きな変革を迫られている。

 

Beyond Internet。

 

地方紙はどうなっているのか。

12月 2015

リリースには生活や仕事に役立つ情報を盛り込む。 記者には関心分野を、単刀直入に聞いてしまう

「以前は、一日に5~6本のペースでニュースリリースを記事にしていましたが、いまはほとんど書いていません」と語るのは、IT記者歴10年のH氏である。記者説明会に出席した日には、一日で10本前後の原稿を書き上げるという忙しさだ。

 

何故、ニュースリリースを記事化しなくなったのか。

 

「ニュースリリースを要約して書くのであれば、ニュースリリースの配信サイトには勝てないと思っています。だったら、やらないほうがいい、と感じていました。ニュースリリースを記事にするのはまったく意味がない、とは断言しませんが、やはり直に取材し、聞いてみないとわからないものが多いですね」。

 

企業の広報担当者やPR代理店から、ニュースリリースに関わる電話が入るのも煩わしいと言う。多いときには一週間に40~50件の電話がくるそうだ。確かにうんざりである。

そんなH氏が企業の広報担当者にこうアドバイスする。

 

「メディアを訪問して直接、記者や編集者にブリーフィングしたほうがいい。製品や技術のことを説明したいのもわかるが、ITはあくまで道具なので、社会的な価値や意味合を訴求すべきです」。

 

多くの広報担当者は、配信したニュースリリースが記事化されるとは安易には思っていない。かといって、メディアへの個別訪問はあまりにも時間がかかりすぎる。仕事とはいえ、人によっては億劫に感じる担当者もいる。

 

では、少しでもニュースリリースを魅力的に見せるにはどうすべきか。

 

H氏はこんなアイデアを話す。

 

「新製品や新サービスであれば当然、利用者はまだいないはずです。であれば、実証試験やデータ結果などを示し、社会への貢献度、BtoCであれば日々の暮らしにどう役立つか、BtoBであればいかに日々の仕事に有益か、などを説明すればいい」。

 

この手のニュースリリースもゼロではないが、非常に少ないと指摘する。

 

一方、メディアへの訪問を好意的にみない記者もいる。

 

「広報担当者の気持ちもわかるが、私自身はニューへスリリースを見て、関心があれば問い合せたり取材をするほうです。仮に直接、説明を聞いても、あまり興味がもてないものだと、お互い時間の無駄になる」。

 

でばとうすべきか。

 

「記者に、好みのテーマや関心のある分野を、単刀直入に聞いてしまえばいい。聞き出した情報をベースに、記者の意図にあった素材を社内の関連部署に問い合わせ、それ纏めて、記者に投げかける」。H氏の私見である。

取材原稿を事前に確認できないものか

取材記事を公開前に確認したい。

 

広報担当者の本音である。社長インタビューであればなおさらのことだ。あとでトラブルが発生して、記者と擦った揉んだ、は起こしたくない。

 

メディアにもよるが、原稿の事前確認は厳しい。広告や編集タイアップでない限り原則、事前チェックはできない。事実関係くらいであれば構わない、という記者や編集者がいれば、一切無理、とにべもなく断るメディアもある。

 

取材先と口論になったIT記者はこう話す。

 

「社長インタビューをした企業の広報担当者から、原稿を確認させて欲しい、との連絡がはいった。渋々みせたところ、案の定、クレームがきた。『こういう発言はしていない』『こういった意味で喋ったわけではない』など、不愉快なやりとりがあった。なんとか纏めたものの、後味の悪い結果になった」。

 

両者が上手く収まる方法はないものか。

長く企業取材を経験した編集長が、独断と偏見だと断りながらも、気の利いた対処法を、披露してくれた。

 

「まずはインタビュー前に、事前のレクチャーをしたほうがいいです。自社の現状、課題や今後の方向性さらに、業界の事情などを説明します。さらに取材の冒頭もしくは終わった後で、インタビュー中の発言に関するチェックを打診します」。

 

ある程度、信頼関係のできている記者の場合はいいが、初対面の記者であったり、初めてのメディアの場合は多少、注意をしたほうがいいそうだ。深追いすると、嫌がる記者もいるので、逆にマイナスになるケースもあるとのことだ。

 

取材後の発言チェックとは、どのようにすればいいのか。

 

「広報担当者は取材に同席しているはずです。取材後に少し時間をもらい、インタビュー中の発言の確認をしたい旨、伝えます。そして、『あの発言に関して社長は言い過ぎているので、こうしてほしい』『部長はあのように発言しているが、こういうふうに考えていただきたい』など、修正を図ります。極端な訂正は厳しいかもしれないが、このレベルまで対応しておけば、間違って伝わることはほぼ、ゼロに近い」と、編集長は太鼓判を押す。

 

記事の事前確認も、煎じ詰めれば、日頃のマスコミ対応の姿勢・取組そして、日々のメディアリレーションが影響してくるのではないか。

元副編集長の週刊誌と広報の四方山話

「週刊誌というと、たくさん嘘が書いてあり、怖いというイメージをもたれています」と、週刊誌の元副編集長のM氏が言う。

 

嘘と怖いをあわせもつ週刊誌にとって重要なのが、電車の中吊り広告や新聞広告のタイトルである。このタイトル、どんなふうに作られるのか。

 

「最終的には編集長が決めます。恐らく、どの週刊誌も同じでしょう。そういう文化と思ってもらえばいいです。私が所属していた編集部を例にとると、担当記者とデスクで見出しを作ります。それをデスクが編集長に説明。編集長は理解したとはいえ、まともなタイトルをつけたところで読者は興味を抱かない、となり、次第に過激になっていきます」と、M氏が大まかな流れを話す。

 

極端な話、記事が一行も書かれていないうちに、タイトルだけが先行して決まることもままあるとのことだ。その場合、記事はどう書き上げるのか。

 

「派手なタイトルがつくと、記事の中身もタイトルに従わざるをえない。かといって、大幅に内容を変更できないので、形容詞などを多用して、辻褄を合わせます」。これが結構、大変な作業のようだ。

 

読者受けを狙うにしても、書かれた側は、想像だにしていないタイトルや衝撃的な見出しを目にしたらどうであろう。企業取材で、広報からクレームがくることもあるという。どう対応するのか。M氏はいとも簡単にこう話す。

 

「編集長が勝手に決めてしまったので、どうしようもないです」と、説明するだけです。

 

多くの広報担当者はこのひと言で諦めてしまうが、まれに、編集部に抗議に来る強者もいる。以前、スポーツ選手のスキャンダルを報じた際には、同選手のスポンサー企業の広報責任者が編集部に乗り込んできたそうだ。

 

そんな経験をしているM氏は企業の広報担当者をどう見ているのか。

 

「記者クラブに所属していない媒体(週刊誌)が求める広報とは、編集者から言うと、本音で話ができることです。会社としての言い分や建前がある一方で、個人的な見解を言える、自らの意見を吐露してくれる広報担当者がいい」。

 

さらにこう続ける。

 

「私自身は、いざ、という時のために、広報担当と酒を酌み交わしています。酒を通じて、どんな人物かを知るのは大事です。広報との付き合いもいろんなやり方があっていいが、私は酒を通じて関係を築いています」。

酒の効用なのだろう、広報から異動した後も、仕事とは関係なくいまも付き合いのある人が多いそうだ。

 

最後に、週刊誌と新聞の違いを聞いた

 

「分量でいえば、新聞は100行も書けば相当に長い。週刊誌は300~400行のレベル。自ずと、取材の仕方も違ってくる。新聞はある程度ファクト(事実)をとればいい。週刊誌は、ファクトの裏にある人間の喜怒哀楽を拾わないといけない。週刊誌は“喜怒哀楽”の一語に尽きる」。

11月 2015

不祥事、事故や事件の緊急記者会見に臨むにあたって

企業の幹部にマスコミ対応のレクチャーをする機会があった。私が基本的な内容を、ゲストスピーカーには現役の編集長・Y氏を招いた。Y氏は本人の経験を交え、主に不祥事、事件や事故を起こした企業のマスコミ対応に関して持論を交えて解説した。その一部を、披露する。

 

不祥事、事故や事件が発生した際に、事前に準備するのが「公式見解」である。公式見解は、ポジションペーパー、統一見解、声明文、ステートメントなどとも呼ばれている。①事実(事件・事故) ②経過と現状 ③原因 ④対策(解決策) ⑤見解 の5つの要素で構成されている。何が起こって、どういう現状で、原因は何で、どういう対策が必要か、そして見解を示したものである。これらをしっかり説明し、対処すれば、大きな間違いを起こすことはない。

 

しかし記者によって、また新聞、雑誌などのメディアによっては、注目する点が異なる。事実や経過に興味をもつ記者がいれば、原因や対策に関心を向ける記者もいる。さらに経済部と社会部でも、フォーカスする点が大きく異なる。

 

経済部の記者は「操業停止期間」「被害総額」「株価の影響」「今後の影響」といった、企業の経済活動を視ている。いっぽう社会部の記者は、どちらかというとトップの責任を追及する傾向にある。「社長はいつ、この問題を知ったのか」「この事態をどう思っているのか」あるいは「責任をどうとるのか」といった質問が浴びせられる。

 

経済部の記者は一つの企業、業界を、3年なり5年なりの時間にわたり取材し続けているので、基礎知識がある。社会部の記者は、当該企業のことはまったく知らず、すべての事実が初めてとなる。経済部と社会部では事件の扱い方は当然、違ってくるし、認識も異なる、ということを十分、理解すべきである。

 

会見やインタビューなりで公式見解を発表する際に注意すべき点がある。会見場などでは当然、目の前に記者がおり、記者に語り、記者の質問に答えることになる。意識は眼前の記者にいってしまうのが常人である。だが意識すべきは記者ではなく、記者の向うにいる読者・視聴者である。読者・視聴者にメッセージを送るというスタンスが重要である。

 

茶髪でスーツを着ていない若い記者がいれば、意地の悪い質問、難問をぶつけてくる記者もいる。不愉快にもなるだろうが、そこはぐっと我慢して、顔には出さず、記者の後ろには1億人の読者・視聴者がいると思って対応する。新聞であれば一面に書かれてしまうこともある。最終的に判断するのは読者・視聴者あると、認識することが肝要である。

 

レクチャーの最後にY氏は以下のようなコメントを残した。

 

「記者会見でトップが泣く。これは、泣いた者勝ちです。取材する側も、攻め手が鈍ります。ただ、トップの泣いている姿はYouTubeにもあがるように、延々と映像が流れます。それを覚悟していれば、社長が涙を流して詫びる、というのは、決して悪くはないと思います。メディア対応的には勝ちです」。