みんなの広報―コラム・深呼吸 ♯12「お掃除は世界に誇る文化」

「お掃除」は日本が世界に誇る文化だと最近、気がついた。東南アジアの途上国から視察に訪れる人たちもいるほどだ。ポイ捨てが当たり前の社会で、ごみだらけのまちから抜け出す方策のヒントを、日本人のマインドに求めている。

 

11月の週末、誘われて多摩川の河川敷を訪れた。ごみ拾いをする大勢の日本人ボランティアたちの中にインドネシア人の姿があった。日本からお掃除文化を学び、ジャカルタの惨状を改善したいという気持ちで参加したのだという。

 

日本のIT企業に勤めるインドネシアの若者が教えてくれた。母国では、ごみはごみ箱でなく街中や川に捨てるのがごく自然なことだという。お金持ちたちは高級車からバナナの皮やタバコの吸い殻を道路にポイ捨てしているそうだ。

 

エリート層はごみを捨てる人で、貧困層はその掃除でなりわいを得る人、と階級社会の構図も垣間見る。多摩川のごみ拾いに黒塗りの車でやってきた、どう見てもエリートの40代のインドネシア人は「まちをきれいにするためには市民の意識を変える教育が大切」と力説していた。

 

日本の国際協力機関が、ジャカルタ美化に向けて2年前から、日本のお掃除文化視察のための助成を行い、インドネシアから多摩川への視察が実現できたそうだ。これをきっかけに市民レベルのお掃除文化交流が始まったのだという。

 

東南アジアやインドのスラムを訪れたときのごみの中で暮らすしかない貧しい人たちの姿を思い出した。

 

「部屋を片付けなさい」と最初は母親、その後は家人に散々言われながら生きてきた。お掃除マインドは東南アジアの人たちの参考にまったくならないほど低いと自負している。多摩川に学びに訪れた人たちから学ばなくてはなるまい。

 

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みんなの広報―写真の向う側・Lifestyle ♯10「2017 TAIWAN」

20年ぶりに台湾を訪れた。

すっかり街の様子が変わってしまい、昔の面影はまったく残っていなかった。

 

意外だったのは台北駅の近くにたくさんの日本料理店があったことだ。

日本で馴染みの牛丼店や回転すしチェーンなどが軒を連ねていた。

他にもコンビニエンスストア、定食屋、たこ焼き屋など、日本でよく目にする店も見受けられた。

 

近年、日本と台湾はとても近づいている。

来日する台湾人も年間300万人を超え、毎年人口の一割以上の人が訪日した計算になる。

 

現地で日本語がとても上手な20代後半の台湾人女性に話を聞いた。

台湾の国内旅行より日本への旅行が多いという。

これまでに10回以上日本へ来ている。

旅するのは東京や京都ではない。

岡山や広島といった地方を好むそうだ。

 

いままで海外でこんなに日本を身近に感じたことはなかった。

 

近隣諸国との交流の喜びを感じている。

 

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みんなの広報―コラム・深呼吸 ♯11「信条はドラマの陰に」

突然、わき起こった総選挙の騒々しい日々が終わった。普通の有権者はいまだ、なぜ選挙があり、その結果、何が変わったのかと不可解な思いをぬぐえないのではないだろうか。

 

選挙がドラマ化されたのは、その昔、小泉純一郎首相が郵政選挙で、改革に反対するのは守旧派と大見えを切り、「敵味方の合戦」を演出したのが走りだろう。今回は、小池百合子東京都知事がテレビの「ワイドショードラマ」の主役にのぼり詰めた。

 

小池氏の希望の党に排除された民進党候補者が公示直前につくった立憲民主党が、判官びいきを好むこの国の人たちから一定の支持を集めたのも一つのドラマの結果であろう。

 

その時々で勢いのある、追い風にのった候補が勝利をつかむ陰で、地道に政治信条を訴えてきた人たちが浮揚できないのもいまの選挙の現実である。

 

随分前のことになるが、近しい知人が総選挙に出たことがある。政党公認で組織の支援はあったが、親戚の高齢者たちがビラのシール貼りや街頭のビラ配りにかり出されるお決まりの現実が展開された。

 

わたしも、特に支持しているわけでもない政党のジャンパーを着用し街頭で支持を訴えた。候補者が休んでいる間、白手袋をはめ選挙カーで本人を装い助手席で手を振った。

 

候補者と2人で団地の演説に立った。旗と携帯スピーカーを抱えた横で、彼の訴えはなかなかいいと感心した。その場しのぎのパフォーマンスでなく、人として極めてまっとうないい主張だと思った。

 

選挙の結果は惨たんたるものだった。政策の戦いであると表向きはいわれている。だが、有権者はドラマに惑わされない目利きになっているのだろうか。本当に大丈夫なのかな。

 

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みんなの広報―写真の向う側・Lifestyle ♯9「ヒマラヤの山の民・シェルパ」

エベレストの登山でよく耳にする言葉に「シェルパ」がある。

シェルパとは、ネパールの少数民族・シェルパ族のことである。

決して職業の呼称ではない。

 

その昔チベットからヒマラヤ山脈を越えて移住してきたシェルパ族は、

寒冷な山では農業も難しく、登山者を助けることで生計を立てていた。

いまでは彼ら無くしてヒマラヤ登山は成立しないと言われるほど重要な存在である。

 

ポカラからトレッキングで山を歩いていると一人の女性が下りてきた。

大きな荷物袋のロープを頭から背中にかけて背負っていた。

典型的なシェルパ族の荷物の持ち方だ。

 

すれ違いざまに袋の中身をみると大量の土が入っていた。

「こんなに多くの土を人の力で運ぶのか?」と驚いてしまった。

 

1990年代初めの頃、ネパールでは山道があまり舗装されてなく、ダンプカーが入れないため、土砂はすべて人が運ぶ。その仕事をシェルパ族の女性や子供たちが担っていた。

山道を知り尽くしたシェルパ族ならではである。

 

 

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みんなの広報―写真の向う側・Lifestyle ♯8「タイの少数民族」

タイ・チェンマイの夜、街を歩いていると美しい衣装をまとった人々が店を出していた。

山岳民族のモン族だ。

自分たちで作った衣装や小物を売りに山から下りてきたらしい。

すべてがハンドメイド。

カラフルで信じられないほど細かな刺繍がなされている。

山岳民族は文字を持たない民族が多く、自分たちの文化を口承で伝えてきた。

手先が器用なモン族にとって、刺繍もまた伝承手段の一つだったらしい。

いまでは大切な現金収入源である。

 

 

 

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みんなの広報―コラム・深呼吸 ♯10「なぜか引かれる秘境駅」

「秘境駅」を愛する人がいる。だいたいは過疎が進んだ地域にある。寂れたたたずまいのその駅に、簡単にはたどり着けない。にぎわいの対極にあるものに、多くの人が引かれている。

 

鉄道ファンの牛山隆信さんが名付けた。全国を探し歩き、「秘境駅へ行こう!」(小学館文庫)を著した。かつて繁栄した土地から人の営みが消えて、そうした駅が生まれる。人口減少が止まらない地方の姿を象徴してもいる。

 

静岡県を走る大井川鉄道井川線の尾盛(おもり)駅を訪れたことがある。山や森に囲まれた無人駅だ。廃墟となった住宅跡はあるものの、人の住む家はない。枯れ葉が地面を転がる音が響くほどの静けさ。まさに秘境駅である。

 

ダム建設のための宿舎があり駅ができた。ダムの完成で宿舎は必要なくなったが、駅はなぜかそのまま残された。そこに暮らす鉄道の利用者はいない。降り立つのは「秘境を求める変わり者」だけだ。

 

その日、駅で一人きりになった。数時間がたち、日は傾き、山から冷たい風が吹いてきた。「クマに注意」の看板が気になった。動物たちが息を潜めて、こちらの様子をうかがっているようだった。

 

騒々しい都会を離れて、山に一人身を置く快感は、徐々に恐怖感に変わった。夜が迫り、人のぬくもりが恋しくなったころ、トンネルからディーゼル機関車に引かれた列車が姿を現した。ほっとした。

 

なぜ秘境駅を訪れるのだろう。自然へのあこがれならば、素直に山や海へ行けばいい。かつてにぎわった土地が、やがて滅び行く哀感に引かれるからか。繁栄に向かって走り続けることに疲れてしまったのか。

 

どんなに寂れてもレールで人とつながっている秘境駅。また訪れてみよう。

 

 

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みんなの広報―写真の向う側・Lifestyle ♯7「ヒマラヤの歌姫」

湖がきれいなネパール第二の都市ポカラまでは首都カトマンズからバスで8時間。

そこから山道を歩けば3時間ほどでダンプス村に着く。

途中、絵に描いたような農村があり、周りにはアンナプルナ、マチャプチャレなど8000メートル級の

ヒマラヤ山脈が広がる。

ネパールの人々が普通に暮らし小学校もあるここダンプスは、絶好のビューポイントでもある。

丘の上に3人の少女がいた。

カメラを向けると恥ずかしそうにしているが、異邦人に興味津々の様子だ。

当時ネパールで大流行していた歌「レッサンフィリリ」を歌ってと頼むと、快く口ずさんでくれた。

彼女たちの澄んだ美しい歌声が、ヒマラヤに響き渡った。

 

 

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みんなの広報―コラム・深呼吸 ♯9「インドの鉄道はおもちゃ箱」

インドの鉄道はおもちゃ箱のようだ。そう誰かが書いていた。すてきな表現にそそのかされて乗ってみると、そこは忍耐力を試される道場のようだった。

 

随分と前の、最も安い二等での経験である。エアコンはなく、座席は公園のベンチのように固い。酷暑の中、ぎゅうぎゅう詰めの車内で、じっと耐えるしかない。窓にはなぜか鉄格子があり、牢獄のように逃げ出すことができない。

 

荷物棚に人が寝ているのは普通のこと。混雑のせいだろう、列車の屋根の上まで人があふれていた。ローカル線ではヤギも乗ってくる。運賃表には、ヤギの記述はないので無賃乗車に違いない。

 

この状況を、おもちゃ箱と思えるか、阿鼻叫喚の地獄絵と感じ取るかが、インドを好きになるか、拒絶するかの分かれ目だろう。人は大抵のことには慣れてしまうものだ。

 

超満員の長距離列車で水を切らした。渇きに耐えていた。ボックス席の正面の質素な白いサリー姿のおばあさんが、こちらをちらちらと見るのに気が付いた。東アジアの黄色人種が珍しいのだろうと思っていた。

 

おばあさんは、水筒から素焼きの器にチャイを注ぐと、わたしに差し出した。戸惑ったが、渇きを我慢できず受け取り、飲み干した。極甘のチャイが身体に染み、元気が戻った。笑顔でお礼をした。

 

それがきっかけになり、周囲の乗客たちと、少しだけの英語とヒンディー語での会話が始まった。インド人の人なつっこさに、頑なに閉じていた心が開かれていくようだった。

 

寝具や鍋釜の大荷物を抱えた家族連れ、ガンディーのように痩せた老人、きれいなサリーのおねえさん。車窓には赤い大地がどこまでも続いていた。おもちゃ箱のようだ、と思った。

 

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みんなの広報―写真の向う側・Lifestyle ♯6「ハワイ もう一つの魅力」

ハワイのマウイ島にハレアカラという火山がある。

火山の河口までの道路は舗装されており、車で一気に行くことができる。

夜明け前にレンタカーで山頂まで目指すことにした。

途中ビジターセンターなどを通り過ぎながら難なく山頂の駐車場へ着いた。

駐車場から河口が見える場所まで100メートルもないのになぜかとても苦しい。

ほんの少しの階段を上がるのにまるでスローモーションのようだ。

「あっ!これが高山病なのか」

ハレアカラの山頂は標高3000メートルを超す。

そんなところへ車で1時間ほどで行ってしまったのだ。

でも、ゆっくり進めば何とかなる気がした。

そうこうしているうちに周りが薄っすらと明るくなってきた。

そして目の前に雲海が現れた。

登山経験のほとんどない私は高山病を忘れてシャッターを切り続けた。

ハレアカラの山頂から見る神秘的な日の出。

いまだ忘れられない。

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みんなの広報―コラム・深呼吸 ♯8「知床でマッコウクジラに会った」

マッコウクジラを間近で見たのは初めてだった。体長10数㍍の黒い巨体の上部を海面に出し悠々と進む。まるで潜水艦だ。息継ぎのため時折、シューっと潮を噴き上げる。巨大ほ乳類の野生の息づかいが伝わる。

 

8月の北海道知床半島。漁業のまち羅臼からホエール・ウォッチングの観光船に乗り沖合に出た。知床と対岸・国後島の間の根室海峡に出没する。数千㍍の深海につながる海域だという。ロシアの警備艇が控える国後島にこんなにも接近できるのかと驚いた。

 

マッコウクジラが浮上している時間は10分にも満たない。遠方に姿を見つけると船は全速力で近づく。ネイチャーガイドによると、尾を上げ深く潜つてしまえば45分は浮上してこない。遭遇のわずかなチャンスを狙うのだという。

 

学校給食でクジラになじんだ世代であり、いまだ好物である。学生時代、クジラ食を批判していた国際的な環境保護団体グリーンピースのメンバーと居酒屋で議論した。いけない理由が不可解だと、目の前で竜田揚げを食べ、抗議の気持ちを伝えたこともある。

 

釧路や羅臼を含む道東でもクジラ食が普及していたと、地元の高齢者は振り返る。時がたち、羅臼の漁師たちにとってクジラは、食用資源から観光資源へと変貌したのだろうか。

 

知床は世界有数の野生動物の観察地である。20年近く前、知床五湖でヒグマに会った経験がある。距離は10㍍弱。下草の向こうに突然、顔を出した。恐怖で凍り付き動けなくなった。数秒見つめ合った後、向こうが去って行った。

 

前夜、ウトロの居酒屋で「クマ肉」メニューを食べていた。仲間のにおいを察知し寄ってきたのか。あの恐怖は薄れることはない。それでも、ほ乳類を食したい、と懲りないのである。

 

写真 : 深く潜るため尾を上げるマッコウクジラ(2017年8月19日、知床半島の羅臼沖にて)

 

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